プロポーズ④

初夏の気持ちよく晴れた日、Mikeは買ったばかりの自転車でピクニックに行こうと誘った。せっかくだからと、缶ビールやおつまみを持って、家から10分くらいの湘南の海が見れる場所にさし美と三人で向かった。

夏になると湘南は海の家が乱立し、観光客で埋め尽くされてしまうので、地元の人は穴場スポットというのも知っていて、夏でも優雅に夕日を見ながら海岸でゆっくり過ごすことができる。ここに引っ越してきてよかったと思えるのは、いつもそういう時間を過ごせていることだった。東京の住んでいた時は、いつも何かに追われ、何かをしなくてはいけないと感じ、本当の贅沢な時間の使い方を知らなかった。

音楽を聴きながら、夕日が落ちるのを見ながら、缶ビールで乾杯。その時も、そんな贅沢な時間を楽しんでいた。

話は、自転車の話になった。新しい自転車が潮風でさびないという事をあたかも自分が作った自転車のように、自慢げに語られていた。明らかに自慢されると突っ込みたくなる性格なので、自転車自体は恰好良くていいけど、ライトとかベルとか付けないと危ないねといった。でも、そうするとださくなるねと。

するとMikeはおもむろに、ベルなら最近買ったよと透明のプラスティックの箱を手渡した。

いつのまに、と思ったけど、中には見た目がおしゃれなベルが入っていて、最近はベルもおしゃれやね。これなら自転車の見た目に影響せえへんね、と答えた。

円形のシルバーのベルだった。

ただ、ベルはベル。それ以上でもそれ以下でもない。会話をライトの話にしようと思った時、Mikeは僕の手から箱を取り上げ、ベルを出して僕の目の前に出した。

円形のベル。自転車のベル。人に注意を喚起するベル。ただのベル….

…….

 

…….

ではなかった。

「Soji, will you marry me?」

そこには、そう深く刻まれていた。

一瞬、時が止まった。

そして円の向こうには、してやったりのMikeの顔が見えた。

「Yes」と答える前に「やられた!」と思った。その後、感動の涙が頬を伝った。。。と言いたいところだが、一切そんなこともなく、なぜか可笑しくて大爆笑してしまった。

その後にMikeが隠しもってきたアイダホワインを取り出し、祝杯をした。そのワインが本当に美味しく、夕日を見ながら将来の事を話した。

Mikeには、自分たちがそうなりたいと思う理想のカップルがいて、それは母方の祖父母だった。

しっかり者で元気な祖母と少し内気な祖父。祖母に一目ぼれした祖父は、その結婚式以来生涯を共にした。自他共に認めるおしどり夫婦で、祖父は事あるごとに自分の奥さんを誉めえ、周りが恥ずかしくなるくらいの溺愛振りだったらしい。

おばあちゃんがいなくなったら、おじいちゃんはどうなるんだろうね。

親戚が集まるたびに、そう言って祖父の愛情をからかっていたらしい、そして、その心配が現実のものになってしまう日が来てしまった。

周りの心配をよそに、祖父はそこまで落ち込んだ様子を見せずに、ただ毎日を過ごしていたらしい。そして、ある日Mikeの母にこう漏らしたという。

「自分がこの世からいなくなる日が楽しみでしかたない。その日が、おばあちゃんと再会できる日だから。そう思いながら、残りの人生を彼女との思い出を噛みしめながら生きていくんだ。」

Mikeが一年がかりのプロポーズをしてくれたあの日、僕たちは付き合って10年目になる2018年の8月8日、Mikeの祖父母が結婚を誓った日に結婚することを決めた。

 

プロポーズ③

ドラマや映画でみるような、完全100%サプライズのプロポーズは世の中にどれくらいあるのだろうか?フラッシュモブでデート中にプロポーズ、旅行中に絶景ポイントで跪いてプロポ―ズ。色々聞いたことはあるけど、実際に周りにそんな経験者はいない。Mikeの場合は、どういう風なプロポーズなのだろうか?期待は勝手に膨らんだ。

ある日、海外出張から帰ると家の前に見慣れない自転車が二台止まっていた。新品のビーチクルーザーで、近所の友達が遊びに来ているのかと思って玄関を開けると、Mike以外誰もいなかった。

それは、付き合って9周年目のMikeからのプレゼントだった。わざわざアメリカから取り寄せた、黒と白のお揃いの自転車。ビーチクルーザーでサーフィン行ったり、さし美をバスケットに入れてピクニック行きたいと常日頃話していたので、純粋に喜んだ。

一瞬、このままの流れでプロポーズか?とよぎったが、これじゃあまるでプロポーズをねだるアジア人(出た。。。)ではないか、と思い、あまり考えないようにした。そして案の定、その日は何もなかった。

それよりも、考えなくてはいけないことが山ほどあった。というのも、付き合って10年目にハワイで結婚という予定だけは既に二人の間で決まっていて、プロポーズ前から既に色々ハワイの結婚式事情を調べていたのだ。

2016年の夏、式の場所を下見するため、ハワイに行くことになった。プロポーズもないまま、結婚式の準備をしている事実に対して、少し疑問に思ってはいたが、むしろその頃になると、これは旅行先でひざまづくパターンやな、となんとなく決めつけていて、ハワイまではあんまりプロポーズの事を考えずに日々の生活に追われていた。

しかし、ハワイへの旅行も直前に迫っていたある日、その日は突然やってきた。本当に前拍子もなく、突然に。

 

プロポーズ②

011年の夏に、僕は約5年務めていた外資のITベンチャーを辞職した。その当時、日本を脱出したい欲が最高潮に達し、密かに準備を進め、その当時流行っていたスマホのゲーム会社に転職を決めた。最初の6か月は日本で勤務し、その後はベトナムのホーチミンで駐在するという話だった。

今から考えると信じられない話だが、会社の退職から転職先の決定、いずれば遠距離になるという流れを一人で決め、Mikeにはまさかの事後報告だった。そんな破天荒な決断だったが、最終的にMikeはそれを受け止め、応援するとまで言ってくれたのだった。

さすがに罪悪感を感じた僕は、次の仕事が始まるまでの休みを利用して、Mikeに罪滅ぼしの気持ちも含め、セブ島へのリゾート旅行をプレゼントした。

セブ島での休暇は、天国かと思えるほど充実した日々が続いてた中、地獄のような事件が起きた。

ある日の夜、リゾートホテルを出て夜の街に繰り出そうということで、セブ島に唯一あると言われるゲイバーに行くことにした。

店内は、日本のそれとは違いバーの真ん中にお立ち台(?)みたいにモデルが歩くスペースがあり、それを取り囲むようにテーブルが配置されていた。客のほぼ大半が、中国か韓国からきたと思える中年女性で、目の前でくねくね踊るボーイズ達に熱い視線を浴びせていた。

その日、その「ゲイバー」で唯一のゲイだったという明らかに場違いな状況に、「飲むしかない」と決めた。

一通りショーが終わると、そのバーのママと思われる大柄の女性がテーブルに挨拶に来た。Mikeの耳元で色々話しているが、何を言っているのかが聞こえない。時折笑顔で話す二人を横目に、新たに始まったショーに熱い視線を向ける。隣ではなぜか盛り上がるMikeとママ。もはやMikeとママ、そして自分と中年女性というチームにはっきりと分かれていた。

ショーの二幕が終わり、ママが席を立ったタイミングでMikeに何でそんなに盛り上がったのか聞いてみた。

そのバーは、ショーで踊るボーイ君を持ち帰りできるシステムがあるらしく、ママはMikeにそれを提案していたのだ。そして、さらに衝撃的な事にママは僕の事をマネーボーイと思っていたらしく、その子よりもうちの子の方が断然いいから(何が?)チェンジしちゃいなさいよ的な提案をしていたらしい。どうりで、ママは自分の顔を一切見なかったわけだ。

ぶちっと切れる音が頭の中で聞こえた。

怒りの矛先は、厚化粧のママではなくむしろMikeだった。自分の彼氏がマネーボーイと勘違いされて、それを否定もせずに(したかもしれないが。。。)、二人で盛り上がり、実際の彼氏を「若いボーイを鑑賞する会」に入会させた事実。しかも、この旅行の代金は全部自分が払っているのに。。。

当初の罪悪感が一気に消え失せ、僕の思考回路はショートした。

白人とアジア人とのカップル→アジア人は大抵マネーボーイ→ビザのために結婚したい→ことあるごとにプロポーズする→しつこくて、捨てられる。→次の旦那様を探しに、今夜もショーで舞う

という、明らかにおかしいロジックが生まれた。そしてアジア人の意地にかけて、僕は心に誓った。

「自分からはプロポーズを絶対にしない」

そんな天国から地獄に落ちたセブ島の旅行を終え、僕は晴れてゲーム会社に入社した。

そして、まさかの入社一週間で退職した。

セブ島は僕たちにほろ苦い思い出と、プロポーズをするのはMikeという暗黙の約束を残してくれた。

あれから数年が経ち、Mikeは出会って10年目という節目となる2017年に結婚を目標に、謎のロジックでプロポーズをしないと頑なに決め込んだ相手に対して、一年がかりのプロポーズの計画を立て始めた。

母へのカミングアウト④

後になって母にその当時の話をすると、母の記憶は少し違っているようだった。特に北朝鮮のくだりは身に覚えがないらしいが、こんな話作れる訳がない。録音しておけばよかった。

告白の後、僕は犬と散歩に行くと夜中に一人家を出て、近所の海岸に向かった。友人そしてMikeにとりあえずの報告をし、夜の海を見ながらようやく少し冷静に母との会話を思い出すことができた。

さんざん泣いた後、謝り続ける僕にこう話しはじめた。」

「Sojiが勇気を出して話してくれてよかった。何も悪いことをしているんじゃないだから、謝る必要はないの。」

「人間60歳も年を取ると、色んな事に対していい意味で多くを求めなくなる。息子が元気でいてくれたらそれでいい。50歳だったら、Mikeの事を知らんかったら、もしかしたら違う反応をしていたかもしれんわ。」

黙って頷く事しかできなかった。

深夜になって家に帰ると、食器が片付けられていて、母は既に自分の部屋に戻っているようだった。部屋の明かりがついているか確認するのが怖くて、僕はそのままベットに倒れこんだ。

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深い深い井戸に本当の自分を沈め、蓋の上に重石を置いて閉じ込める。もう一人の自分が、番人として緊張を隠し、ポーカーフェイスでその蓋を守っている。間違って蓋が空いてしまうと、重石が落下してつぶされてしまう。僕は生きるための本能で蓋を抑え続ける。

暗くて狭い井戸の中。最初は孤独でいたたまれない気持ちになったが、それにもすぐに慣れた。

井戸生活と番人の二重生活が長いあいだ続いた。井戸の中の僕は心も体も大人になり、幾分窮屈になっていた。好奇心が芽生え井戸の外に出てみたいと思う気持ちが強くなった。

番人にそう伝えると、きまって重石の話をされた。そのたびに、見えない重石の恐怖が外への欲求を勝った。

ある日、その日もいつも通り天井を見上げていると、蓋がぎしぎしと動いている。一筋の光が差し込む。

そして、その蓋は音を立てて、容赦なく外された。まるで、朝のベットからなかなか起きようとしない子供の布団をはぎ取るように。容赦なく。大胆に。

僕は、咄嗟に目をつぶり、頭を抱え込むように身構えた。反射的に、本能的に。

「つぶされる。」

震えながら、時を待った。何度も見ていた悪夢が、今回も夢であることを必死に祈った。

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・・・・・・・

いつまでたっても、何も落ちてこない。恐る恐る目を開け、天井を見上げてみる。

そこには、青い空が見えた。

恐る恐る這いあがってみると、外された蓋、その上には重石ではなく花が咲いていた。

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自然と目が覚め、ベットで茫然としていた。昨夜あったことが決して夢ではないという確信。そして、今まで感じたことがないような、解放感がそこにはあった。

「朝ごはん、できたわよー。」

いつもの何も変わらない朝がそこにはあった。

僕は一体、こんなにも長い間何におびえていたのだろうか?